人事の市場価値の再定義 — AI時代に評価されるのは「誰か」
- AIが定型業務を吸収した結果、人事の評価軸は「作業をこなす人」から「経営課題を解ける人」へ移行している。
- 市場価値が上がる人事人材の条件は、制度設計の意図を語れること・データを経営言語に翻訳できること・AIツールを使いこなした実務経験の3つ。
- 事務作業中心のキャリアでも、判断を任されるポジションへ意識的に移ることで市場価値を再設計できる。
「人事って、正直あってもなくても回るポジションだと思われてません?」
ある事業会社の人事担当の方から、面談でこう聞かれたことがあります。皆さま、この感覚、覚えがある方も多いのではないでしょうか。率直に言うと、この感覚は的外れではありません。日程調整と応募者対応がメインの人事は、これまでも「コストセンター」として見られがちでした。ただ、AIが定型業務を吸収し始めた今、皮肉なことに、人事の市場価値は「上がる方向」と「下がる方向」に分裂し始めています。今回は、その分岐点を整理します。
0. 前提 — 「人事」という職種は一枚岩ではない
まず前提として、「人事」という肩書きの中身は、企業によってまったく異なります。ある会社の人事は入退社手続きと日程調整が9割で、ある会社の人事は組織設計・報酬制度・経営会議への提言が9割です。同じ「人事」という肩書きでも、市場価値はまったく別の軸で決まっている——これがこの記事の出発点です。
1. AIが奪う価値、AIが可視化する価値
誤解がないように申し上げると、AIは人事の市場価値を一律に下げるわけではありません。むしろ、定型業務をAIが吸収したことで、「その人が定型業務以外に何ができるか」が丸裸になるという副作用が起きています。これまでは、日程調整や書類確認に忙殺されていることを理由に、制度設計や経営提言に踏み込まない人事も、それなりに評価されてきました。忙しさが、実力不足を覆い隠していたとも言えます。
AIが定型業務を巻き取ると、その隠れ蓑が消えます。残った時間で何をするか、何を語れるか——ここが可視化され、そのまま市場価値の差になります。
2. 評価される人事の条件① 制度設計の意図を語れること
採用面接で、多くの人事担当者に「なぜこの評価制度を導入したのですか」と聞くと、返ってくる答えは大きく2種類に分かれます。1つは「前任から引き継いだので分かりません」。もう1つは「離職率が高かった若手層に、成長実感を持たせる必要があったからです」。後者のように制度の目的から語れる人は、市場での評価が明確に高くなります。なぜなら、その人は制度を「運用する人」ではなく「設計できる人」だと判断されるからです。
3. 評価される人事の条件② データを経営言語に翻訳できること
2つ目は、データの扱い方です。「離職率が18%です」という報告と、「離職率18%のうち、入社2年目の中堅層が7割を占めており、これは中間管理職の育成不足が原因と考えられます」という報告では、市場価値がまったく違います。前者は数字の羅列、後者は数字を経営課題の言葉に翻訳した提言です。AIは前者の集計は瞬時にできますが、その数字が経営にとって何を意味するかの翻訳は、その企業の文脈を理解した人間にしかできません。
4. 評価される人事の条件③ AIツールを使いこなした実務経験
3つ目は、AIツールそのものの実務経験です。「AIは使ったことがありません」という人事と、「スカウト文の生成AIを使い、返信率が上がるプロンプトの型を自分で見つけました」という人事では、これから採用する側から見た安心感がまったく違います。企業は今、人事部門にもAI活用を求めていますが、社内に手本となる人材が少なく、実務でAIを使いこなした経験者を高く評価する傾向が強まっています。
5. 具体例 — 同じ「採用担当5年」でも評価が分かれる理由
ここで対照的な2人のケースを紹介します。Aさんは、大手企業で採用管理システムの運用と面接日程調整を5年担当。応募者対応の丁寧さには定評がありましたが、採用基準の設計や採用計画の立案には関与していませんでした。Bさんは、中堅企業で採用担当5年のうち、後半2年は採用計画の立案から関わり、生成AIでスカウト文の型を10種類作成し、返信率を独自に改善する取り組みを行っていました。
転職市場での評価は、Bさんの方が明確に高くなります。経験年数は同じでも、「何を判断し、何を作ったか」の中身が違うからです。Aさんが悪いわけではありません。ただ、これからの人事キャリアでは、意識的に「判断」と「設計」の経験を取りに行かないと、市場価値は伸びにくくなっています。
6. エージェント経由の転職で「判断経験」をどう見せるか
転職エージェントを通じて事業会社人事へ応募する場合、職務経歴書の書き方1つで印象が大きく変わります。多くの応募者は「採用業務全般を担当」とだけ書いてしまいますが、これでは判断経験の有無が伝わりません。「制度のどの部分を、なぜ設計したか」「どのデータを、どう経営に翻訳したか」を、具体的なエピソードとともに書くことが重要です。弊社のキャリア面談でも、この書き方の指導だけで書類通過率が明確に変わるケースを何度も見てきました。判断経験がまだ少ない方でも、小さな判断のエピソード(「面接の質問項目を自分の判断で見直した」等)を丁寧に拾い上げることで、書類の説得力は十分に高められます。
7. 今の職場で判断経験がない人はどうするか
「うちの会社では、そんな裁量をもらえない」という方も多いはずです。その場合、選択肢は2つです。1つ目は、今の職場で小さくても裁量のあるプロジェクト(新しい採用媒体の選定、スカウト文のA/Bテストなど)に自ら手を挙げること。2つ目は、判断を任せてもらえるポジションへの転職です。特に成長中の中堅企業やスタートアップは、人事の裁量が大きく、経験を積みやすい環境であることが多いです。どちらを選ぶにせよ、「作業者」から「判断者」への移行を意図的に設計するという発想を持つことが出発点になります。
8. 市場価値は、転職市場だけで測るものではない
最後に、少し違う角度の話を加えます。市場価値というと、つい転職市場での年収レンジばかりに目が向きがちですが、本質的には「今の会社にとって、あなたがどれだけ代替困難な存在か」という社内での評価も、市場価値の一部です。制度設計の意図を語れる人事、データを経営言語に翻訳できる人事は、転職市場だけでなく、今いる会社の中でも昇進・昇給の機会が広がりやすくなります。転職を考えていない方にとっても、この記事で整理した3つの条件を意識的に磨くことは、今の職場での評価向上に直結します。市場価値を高める努力は、転職するかどうかに関わらず、あなたのキャリア全体にとって無駄になりません。
(結論)AIは人事の価値を下げるのではなく、二極化させる
まとめます。①AIが定型業務を吸収したことで、人事の市場価値は作業量ではなく判断の質で決まるようになった。②評価される条件は、制度設計の意図を語れること・データを経営言語に翻訳できること・AIツールを使いこなした実務経験の3つ。③判断経験が少ない人は、社内の小さなプロジェクトか、裁量のあるポジションへの転職で経験を意図的に取りに行く。
「人事はあってもなくても回る」という評価は、定型業務だけをこなしていた時代の話です。判断と設計に踏み込めるかどうかが、これからのあなたの市場価値を決めます。
皆さんいかがでしたでしょうか。まずは15問の適性診断で、自分の現在地と伸ばすべき方向を確かめてみてください。では今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 人事の市場価値はAIによって下がるのか
定型業務中心の人事は市場価値の圧力を受けますが、これは人事全体の価値低下ではありません。むしろAIが定型業務を吸収したことで、経営に近い判断・組織設計・人と向き合う仕事に時間を割ける人事の希少性が上がっています。市場は「作業をこなす人事」から「経営課題を解ける人事」へ評価軸を移しています。
Q. 転職市場で評価される人事人材の条件は何か
3つあります。1つ目は制度設計の意図を語れること(なぜこの評価制度を入れたか、目的から説明できる)。2つ目はデータを経営言語に翻訳できること(離職率の数字を、経営課題の言葉に変換できる)。3つ目はAIツールを使いこなした実務経験があること。この3つが揃う人事は、事業会社でもエージェントでも需要が強い状態です。
Q. 事務作業中心のキャリアだった人はどうすればいいか
焦る必要はありませんが、今のうちに担当業務の一段上(なぜその制度があるのか、その判断はどんな基準でなされているのか)を意識的に学ぶことが有効です。今の職場で機会がなければ、社内公募や小さなプロジェクトへの参加、あるいは転職によって「判断を任される」ポジションへ移ることも選択肢になります。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。